
8月15日、16日の2日間、東京・錦糸町のひがしんアリーナで開催され、1600名弱もの参加者を集めた「キン肉マン杯2026」。大きな熱気と反響を生んだこの大会の実現を支えたのが、『キン肉マン』作者・ゆでたまごの嶋田隆司先生と中井義則先生だ。
会場を彩ったキン肉マンのビジュアルは、中井先生が今大会のために特別に描き下ろしたもの。そして嶋田先生は、大会を盛り上げるだけでなく、自らも一人の競技者としてマットに立ち、青帯初勝利を挙げた。
「キン肉マン」と柔術が交わり、これほどまでの盛り上がりを見せた2日間を、嶋田先生はどう感じたのか。そして、なぜ『キン肉マン』の名を冠した柔術大会は実現したのか――。
大会2日目、会場でその胸の内を聞くことができた。

――まずは青帯初勝利、おめでとうございます。
嶋田:青帯になって勝てると思わなかったので、とても嬉しいです。
――いつもより体調も良さそうに見えました。
嶋田:今までは結構無茶なダイエットをしていて、前日は食べなかったり、水抜きをしたりしていたんです。でも今回は「キン肉マン杯」で、絶対に1回戦で負けたくないですし、勝たないとメダルすらないということで、本当にご飯を食べながらゆっくり体重を落としていきました。
だから体調はものすごく良かったんですよね。前日までご飯を食べていましたし。
――試合を拝見しましたが、フィジカル、テクニックともに上がっていると感じました。
嶋田:ありがとうございます。今回は自分から積極的に攻めていこうと思っていました。
――今回、試合に向けてはどのようなトレーニングをしてきたのでしょうか?
嶋田:僕はやっぱり年齢というか、ひっくり返されて背中をつけられると弱いので、とにかくスイープの練習をものすごくしました。それから、タックルにもよく入られていたので、レスリングの先生にタックル切りのやり方を教わってましたね。
だから、もうタックルは絶対に切れるという自信がありました。
――1回戦は相手がいきなり引き込んできました。そこから嶋田先生がトップで攻める展開になりましたね。
嶋田:「これはもう僕のものだ」と思いましたが、相手の方も下からの攻めが上手で。
――それでも、バックを取って、チョークを狙う場面もありました。手応えとしてはどうでしたか?
嶋田:やっぱり完全には腕を組み切れていなかったですね。顎ぐらいまでしか入っていなかったので、それは自分でも分かっていました。袖を取った方が良かったかな、とか、ちょっと迷いましたね。
――そして1試合目を見事に勝利しました。青帯としての初勝利にもなりました。
嶋田:ものすごく嬉しかったです。井賀先生から「青帯で初勝利するということは、ものすごいことなんだ」と言ってもらって。
前回、青帯で初めて試合に出たときは、僕がちょっと緩んだりもして、そこから上を取られてもう何もできなかったので、その辺を改善しないとダメだなと思っていました。
――しかし、多忙なお仕事のなかでレスリングのトレーニングを取り入れるなど、準備してきたことがしっかり結果につながったということですね。
嶋田:そうですね。

――試合最後のカウントダウンは聞こえていましたか? 周囲からかなり大きな声援が飛んでいましたね。
嶋田:聞こえていました。あれは本当に、なんていうんですかね。友情パワーというか、「火事場のクソ力って本当にあるんやな」と思いましたね。
――ただ、準決勝は敗退してしまいました。
嶋田:やっぱり、まだ青帯では通用しないところがあるなと感じています。弱点をもっと強化して、また挑戦したいですね。
それに、(準決勝で)対戦した方が握手したあとに「僕も膝を手術している」と言って、その話になったんですよ。その方も変形性膝関節症だったのかな。それでも手術後3カ月で戻ってきて僕に勝ったんですよ。だから、お互いに傷を見せ合ったんです、マットの上で(笑)。そこにも何か縁を感じましたね。
――本当ですね。嶋田先生が選手として戦い続けていることが、いろいろな方にも影響を与えていると思います。今後、競技者としてはどう考えていますか?
嶋田:両足の状態もあるので、本当は「キン肉マン杯」を最後にしようと思っていたんです。でも、逆に何か調子が良くなってきたんですよ。
――そうなんですか?
嶋田:はい。だから、ちょっと様子を見ながら続けようかなと思っています。
SJJIFワールドにも出たかったんですけど、もう締め切っているので。また来年、何か大会があれば出ます。60代のカテゴリーがあればですが。
――では、次の質問をさせてください。今年の柔術界で一番の話題と言っても過言ではない「キン肉マン杯」は、どのような経緯で開催されることになったのでしょうか?
嶋田:はい。私たちは「キン肉マン」の作者として、15年間、全国少年少女レスリングのサポートをしてきました。昨年は、JBJJFさんのキッズ大会「第7回全日本キッズ柔術オープントーナメント」も同じようにサポートさせていただきました。
ASJJF会長のエジソンさんとも知り合いになり、私も大会に何度も出場させていただいているので、同じようにサポートしたいと思い、このような形になりました。
――少し聞きにくいところではありますが、嶋田先生や中井先生にとって、直接的なメリットが大きいわけではないのに、なぜここまで大会の実現に力を貸してくださったのでしょうか。
嶋田:やっぱり、大阪にいた嶋田隆司と中井義則が高校生で東京に出てきて、「キン肉マン」という作品を作った。それが大ブームになったのは、今の40代、50代ぐらいの方たちのおかげなんですよね。その人たちに恩返しをしたいと思っています。
――「キン肉マン世代」の方々ですね。
嶋田:その世代で柔術をやっている人もとても多いですし、お子さんが柔術をやっている人も多い。もちろん僕も柔術をしていますし、娘も習っています。
相方の中井君の息子、光義も柔術黒帯で先日自身の道場をオープンしました。なので、柔術界に貢献したいという気持ちがとてもあります。

――素晴らしいです。「キン肉マン」の冠を使った大会は初めてですよね。
嶋田:「キン肉マン」の大会をやりたいなと長年思っていたのですが、出版社など、いろいろな権利が絡むので、我々作者の一存ではできません。関係者の方が頑張ってくれて、協力してくれて、本当にありがたいです。
――大会発表当初から話題沸騰で参加者も1600人近くになったようです。
嶋田:そこは本当に想像を超えていて、びっくりしました。お盆期間だったので、本当に人数が集まるのかなと思っていたのですが、ASJJFさんのプロモーションも素晴らしいですね。
――それに加えて、「キン肉マン」の力というのも大きかったと思います。
嶋田:そこは私も本当に実感しました。普段、執筆活動をしていると、そこまで実感することはないので、びっくりしましたね。
――びっくりと言えば、先生がエントリーしてきたことには、運営側も驚いたらしいです(笑)。
嶋田:「キン肉マン杯」を開催すると決まった瞬間に、絶対出ると闘志が湧いてしまって(笑)。本当に一回勝って、メダルを取れて嬉しかったです。
――入場料については、さまざまな意見もありました。
嶋田:はい。入場料は主催者が決めたことなので、それが高いか安いかは私には分かりません。
今はネットの普及で、いろいろなアマチュアスポーツの価値が昔よりとても上がっていると思います。柔術も、PRIDEをやっていた20年前とは違って、競技人口も桁違いに増えていると思いますし、競技としての価値も上がっていると思います。
――海外では、柔術大会で入場料を取ることは普通になってきていると思います。
嶋田:それも聞きました。今後はいろいろなアマチュアスポーツで、そういう流れになっていくのかもしれませんね。
――それでは最後に、この「キン肉マン杯」は今後も続いていきますか?
嶋田:今回、会場に設置されたキン肉マンの等身大人形の前で多くの人が写真を撮ってくれたり、会場でもいろいろな人から「大会を開催してくれてありがとうございます」と声をかけていただいて、とても感激しました。来年も絶対やりたいです。
――今回は、柔術界の外でもニュースになっていますね。
嶋田:だから本当に、今のお父さん、お母さんたちに感謝して、今度はその子供たちにも何かしてあげたい。それが本当の自分の気持ちです。
――来年、第2回があるとすれば、もっと大きな会場でなければ入りきらないかもしれません。それぐらい熱気のある大会でした。一方で、大きな混乱もなく、会場内の導線や観戦スペースもしっかりしていて、ASJJFの大会運営はさすがでしたね。
嶋田:そうですね。仕切りもすごく良かったですし、いい大会になったと思います。
――また第2回の実現を楽しみにしています。本日はありがとうございました。
嶋田:ありがとうございました。