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植松直哉、15年ぶりの柔術復帰戦で勝利「これを機に、またタイミングが許すときは挑戦したい」

長年、柔術の審判として大会に携わってきた植松直哉(ネクサセンス)が、約15年ぶりに選手としてマットへ戻ってきた。

自身のジムであるネクサセンスの15周年を機にチーム優勝を目指すため、9月19日(土)に開催されたJBJJF「ブルテリア柔術チャンピオンシップ2026」に出場を決意し、マスター4黒帯ミドルのワンマッチ決勝戦で判定勝利。

試合前は「緊張した」と振り返りながらも、フルの5分間を戦い抜いた。

試合後には「ずっと自分の中で引っかかっていた部分があった。今回、一歩踏み出せた」と語り、今後の柔術大会への再挑戦にも意欲を見せている。

そんな植松へ試合直後にインタビューを試みた。

――試合を終えた今の感想をお願いします。

植松:やっぱり緊張しました。ほんとに、試合の前までが勝負でしたね。

――今回、この大会に出場しようと思ったきっかけは?

植松:道場が15周年なので、会員の森(雄大)さんを中心に「チーム優勝を目指してみましょう」となったんです。今まで我々は、そういうことを意識してやったことがなかったので。それなら、私ももちろん出なければいけないなと思って。自信はなかったんですけど、私も挑戦してみました。

――今回はチームの先陣を切って出場した形ですね。

植松:そうですね。結果としては勝ててよかったです(笑)

――試合はどのような展開だったのでしょうか?

植松:最初は組み手争いから、引き込まれてクローズドガードをがっちり組まれてしまいました。そこからお互いに少し探り合う中で、私が立ち上がってガードを切って、ハーフガードへ。そこから足を抜いてマウント、サイドポジションを取りました。そこからサブミッションを狙いながら、マウントやバックを狙って、最終的にバックを取ることができました。最後はフィニッシュを狙ったんですけど、ちょっと時間が足りなくて、フィニッシュまでは持っていけませんでした。

――5分間をフルタイムで戦ったわけですね。

植松:マスターでは初めてだったので、5分の試合はあまり自信がなかったんです。私はスロースターターなので、黒帯アダルトに出ていた頃も、ポイントを取るのは5分以降のことが多かったんです。だから、自分が果たして5分で試合を組み立てられるかな、という不安はありました。でも、相手の黒岩(大輔)さんも攻めてきてくれたので、なんとかこういう形になりました。守られていたら、もっとキツかったと思います。

――今回は道場の代表でありながら、選手として出場しました。試合に向けての練習はどのようにしていたのでしょうか?

植松:今回ちょっと忙しかったのと、ケガや体調不良もあって、ほとんど練習できなかったんです(苦笑)。我ながら、そこが一番の反省点ですね。試合に向けてのコンディショニング作りも、長い間休んでいたこともあって、ちょっと甘かったと思います。

――普段は審判部長として大会に来ていますが、今回は選手として会場に来たことで、心境の変化はありましたか?

植松:今日も仕事で早めに来て、打ち合わせをして、その合間にポッと抜けただけなので、選手としてはあまり集中できていなかったですね。

――逆に、それが1試合だけだったことはよかった?

植松:そこも狙って出ていたので。1試合だけであることは分かって出場していました。計算していました(笑)

――最後に柔術の試合に出たのは、いつになりますか?

植松:2010年の年末にあった東京国際です。それがブラジリアン柔術としては最後ですね。

――ということは、約15年ぶりの柔術の試合です。今、試合を終えた率直な気持ちは?

植松:やっぱり、試合慣れしている選手は強いなと思いました。相手が、いつも試合に出ている黒岩さんということもあって、やっぱりそこらへんは試合巧者というイメージがありました。私のほうが明らかに上がっているなと思っていたので、そこは反省点ですね。長らく忘れていた感覚です。

■JBJJF東京国際2010:アダルト黒ペナ決勝戦・植松vs中村」大会レポはコチラから!

――15年ぶりに選手としてマットに戻ったことで、今後また試合に出てみたいという気持ちはありますか?

植松:そうですね。なんとなく、自分の中でずっと引っかかっていたというか、ちょっと勇気が出なかった部分があったんです。今回、一歩踏み出せたので、これを機に、またタイミングが許すときはぜひ挑戦したいと思います。

ジム代表自ら出場してネクサセンスのチーム優勝に貢献した植松。だが発起人であった森氏は体調不良で大会は欠場したとのことだ。